笑う姉

俺の姉貴はよく笑うやつだ。楽しいことがあるともちろん笑う。でも嫌なことや何か不満があったときも「へへへ」とへらへらアホみたいに笑う。一見楽しそうな笑いなので、周囲の人は姉貴のことをいつも笑顔の子と思っている。でも実際は自分の意見を殺して大概の事は我慢する、ちょっと弱気な人というのが姉貴の本当の姿だ。両親も姉貴のそんな性格に気づいていないみたいだけど、俺は小さいころから一緒にいたおかげで中学生くらいになって気がついた。当時の俺には姉貴のそんな性格がどうにもむずがゆく、不快にすら感じて、正面から言ったりした。「姉貴、自分の言いたいことは言った方がいいよ。笑ってごまかすのって、どうかと思うよ」「……ごめんね。お姉ちゃん弱虫だからね……」そんな感じで姉貴は笑顔を振りまくことをやめなかった。でも姉貴は基本的に温和で俺にも昔から本当に優しくしてくれる人だったから、これも姉貴の優しさの一部なんだろうと、そのうちまた平気になった。一応自分だけでも、姉貴が何か嫌なことがあってへらへら笑ってるときには察してやろうと思うようになったが。そんな姉貴との話。俺と姉貴は同じ高校なんだが、二十三日が終業式で、学校から帰ってきたら姉貴が居間のソファーに座って、物憂げな顔でテレビを見ながらぼーっとしていた。「姉貴暇そうだね」「んー? けっこう暇かも……。あんたも暇? ちょっと遊ぼうよ」声をかけたら寄ってきて、姉貴の好きな格ゲーを延々とやることに。姉貴は格ゲー好きだけどそこまで強くは無いので、負けるたびにもう一回を繰り返し、夜中までずっと相手をさせられた。次の日も朝起きて飯食ったらすぐに居間に引っ張って連れて行かれて夜中まで。一応クリスマスイブだったので、両親が帰ってきたらケーキとか食べけど、それ以外の時間はずっとゲームだった。さすがにゲームばかりだと飽きてくるし、姉貴は弱いしで、俺は何度か「飽きたよ。もうやめる」と席を立とうとしたが、その度に姉貴は「えー? 飽きちゃったの? まあ、いいけどさ……」とへらへら笑って言うので、仕方なく相手をした。さらに次の日も「早く起きて! 何かしようよ」と姉貴が朝起こしに来た。「もう、そんなにつまらなそうな顔しないでよー」「あたしといるの、そんなにつまらないの?」とやはり笑いながら言う姉貴を、なんか変だなと思いつつ相手をした。姉貴とは話したりゲームしたりは以前から結構あったけど、こうも連日、しかも長時間付き合わされることは無かった。でもその日二十五日は、友人たちと忘年クリスマス会を開くことになっていて、夕方六時くらいに家を出なければならなかった。「友達との約束があるからさ」「えぇー? 行っちゃうの? まあいいけどさ……」席を立とうとした俺の服をつかんで離そうとしない姉貴が、さすがにちょっとうざくなってしまった。「あー、うざい! あのな、そんなに暇ならほかのやつに遊んでもらえって! 友達いねーのかよ!」叫ぶと姉貴は急に黙りこくって、うつむいてしまった。ほんとに一転という感じだったので、ちょっと不安になって姉貴の顔をのぞきこむと目が潤んでいて、驚いてしまった。「なんでそういうこと言うかなー」へへっと笑って、でも声を震わせながら言って、姉貴は居間から出て行ってしまった。約束だったので俺はとりあえずクリスマス会に行ったが、姉貴どうしたのかなと頭の片隅でずっと考えていた。姉貴の人間関係のことは知らなかったけど、冬休みずっと家にいるのは、ひょっとしたら何かあったのかなと考えたりした。それから二日ばかり、姉貴を怒鳴って半泣き気味にしたことがなんか気まずくて、何かあったのか聞いてみることもできなかった。姉貴も俺に話しかけてくることが無くなり、一気に会話が減って、どうにもぎこちなくて嫌だった。「姉貴、クリスマスプレゼント買いにいこう! ちょっと遅いけど」「えぇ?」仲直りにと考えたのが、贈り物だった。俺が姉貴に買ってやれるのはせいぜい本の一、二冊なんだが、それでも姉貴は喜んでくれて、またいつもどおり仲良し姉弟に戻った。街中のちょっと大きめの書店からの帰り道、俺は姉貴に思い切って聞いてみた。「姉貴、友達とか彼氏とかと何かあったの?」「ええー? なんでよ?」「だってこの前とか変だったし」「いやー、あたし、生まれてこのかた彼氏なんかいたことないって」そう言ってあははと笑った。姉貴の笑いはすなわちごまかしなのでちょっときつめに追及したら、のらりくらりとはぐらかした挙句、ようやく話してくれた。姉貴が言うには、冬休みに入るちょっと前、クラスの奴が「絢子(姉貴の仮名っす)って一緒にいてあんまり楽しくないよね」というようなことを言っていたのを聞いてしまったらしい。「それで、ちょっと寂しいというか、暇でさ。あんたにかまって欲しかったのかもね……」姉貴は最初に書いたとおり、あまり自分からものを言うことは無いので、確かにその友達連中の言っていることはあってるかもしれないと思った。姉貴は言い方を悪くすると、笑うか相手に迎合するかの同じ反応しか返さない人間と言えたし、人によっては俺が中学生のときのようにむずがゆさを感じかねないので。でも姉貴がとても優しい人だと知ってる俺は、なんだか悔しくて、聞いたからには元気付けてやらねばと思った。「そんなの気にするなって。俺姉貴と遊んでて結構楽しいし。冬休み暇なら、俺と遊ぼう。な!」「あんたも迷惑じゃないの?」「全然。迷惑だったらきちんと言うし。姉貴もやりたいことあったら何でも言ってくれな」で、ちょうど繁華街にいることだしそのまま遊んで帰ることになった。「姉貴なにやりたい?」「何でもいいよ。……あんたの好きなので」姉貴の相変わらずの主体性の無さを、まあ仕方ないのかなと思いつつ、その日はゲーセンやらカラオケやらに行って二人とも楽しんだ。姉貴は格ゲーとプリクラ以外ゲーセンで遊んだことはなかったので、音ゲーのたぐいにやたらはまっていた。正月も三日が過ぎると両親とも仕事に出て、俺と姉貴はまた二人で遊びに出かけた。お年玉をもらったこともあってちょっと高めのイタリア料理店に行ったりして、「なんだかデートみたいだねー」という姉貴に俺はちょっとドキッとしてしまった。連日二人で出かけて仲良く遊ぶ、たまに腕を組んだりもする、あまり意識してなかったけど確かにデートみたいだなと思った。その日は何だか姉貴を意識しまい、緊張して疲れてしまって、いつもより早く家に帰った。最後に姉貴はお気に入りのDDRをひたすらやって満足した様子だった。「あー、楽しかった。ありがとね。今日も付き合ってもらって」家に帰ってコートを脱ぐなり姉貴は居間に寝っ転がって背伸びをした。黒地のスカートからのぞく脚につい目が行ってしまい、俺はあわてて目をそらした。意識し始めたら止まらないという感じだった。「俺も楽しかったからいいよ」ほんとに何だかどきどきしてしまい、やばいなと思って自分の部屋にさっさと行こうとしたら、姉貴がいかにも疲れたーって感じの声で俺を呼んだ。「ねえちょっと、マッサージしてー」「な、何でだよ!」「踊りすぎたよ……。脚痛い……」「自分でマッサージすればいいじゃんよ」「まあ、駄目ならいいけど……。頼むよー。ね? ね?」居間にうつぶせにねっころがる姉貴は、上下とも黒のセーターにスカートで、さっき目をそらした姉貴の脚が無防備に投げ出されているのを見ると、なんというかむらむらとしてくる。そうなると、我ながら本当にやばい気分だと思いつつも、頼まれたからには仕方ないとマッサージをする気になってしまった。「しゃーないなー」「ん。ごめんね」寝ている姉貴の横に座って、呼吸を落ち着けた。ふくらはぎから始めて徐々に上へと上がっていく。最初はソックス越しだったので平常心だったけど、膝裏あたりでじかに姉貴の肌に触れると、ものすごくどきどきしてしまった。初めのうちこそ「気持ちいいですか、お客さん」なんて冗談を飛ばしていたけど、さらに太ももあたりを揉む段になると、触れた手のひらから鼓動がばれるんじゃないかってくらいの状態だったんで、「はい! もう終わり!」と切り上げてしまった。そしたら姉貴は不満たらたら。うつぶせに寝たまま顔だけ上げ、肩越しにこちらを見て、目の前で細い脚をばたつかせながら「あんまり気持ちよくなってないよ……」と言ってくる。。「姉貴、あのな! 無防備すぎるって! そんなほいほい男の前に脚さらすなって!」どうにも辛抱たまらなくなって叫んだ俺を姉貴はきょとんと見つめ、すぐにものすごい勢いで笑い出した。相変わらずうつぶせにねっころがったまま肩を震わせてあはははははと笑い続ける。「何がおかしいんだよ」「いや、だって……あははは。はー、わかったから、マッサージしてよ、ね?」まったく意に介さずという感じでまた脚を伸ばす姉貴に、俺は怒りだかなんだかよくわからん気分になって、姉貴の上に覆いかぶさり、脇から姉貴の胸をつかんでいた。「ぅわ!」さすがに驚いたのか姉貴は小さく悲鳴をあげた。俺の手をはずそうとするように体をもぞっと動かし、「ちょ、わ、やめてよー」と慌てた様子になる。俺は童貞だったから乳の揉み方なんかわからなかったけど、セーター越しにとりあえず乳首と思われるところをなでたりしながら、ゆっくりと揉んだ。姉貴に背中から抱きついてる感じで、その表情はわからなかったけど、姉貴は床に肘をついてうなだれて、たまに息を漏らしていた。俺はアホみたいに興奮していて姉貴の抗議の声など聞かずずっと揉んでいたら、そのうち姉貴は動かなくなり、無言になってしまった。それどころかたまに「ん……」と声を漏らすので、もう俺の股間は思いきり勃起。興奮のあまり姉貴のお尻に股間を押し付け、柔らかい胸をさらに強く揉んでしまった。「いた、た、痛いよ!」姉貴が今までにないくらい強い力で俺の手を引き剥がし、俺から離れた。そのとき初めて姉貴の顔が見えたわけだが、胸にぐさりと来た。目から涙がポロリポロリという感じ。それを見ると股間の熱さなんか一気に冷めて、後悔と罪悪感と自己嫌悪の嵐だった。「ご、ごめん……」「……いいよ。気にしないで……」「いや、ほんとにごめん……」「いいって。ちょっと……気持ちよかったし……。驚いただけだから……。そんなに嫌じゃなかったよ」「え……?」「ここのところお世話になってるし、胸ぐらいいいよ……。確かに私ばかり勝手言ってるもんね……」笑顔を浮かべへへへっと笑う姉貴。ああ、やっぱ嫌だったんだなと思い、姉貴の顔を直視できなくなって、「ごめん。ほんとに」とだけ言って自分の部屋に引っ込んでしまった。申し訳無さと恥ずかしさに、次の日は姉貴には近づかないようにした。顔を見るとやっぱりどきどきしてしまうので、できるだけ顔を見ないようにした。外に出たり、自分の部屋で寝てる振りしたりで、時間をつぶした。でも午後になるとちょっと小腹がすいて、食べ物を取りに行こうと部屋から出たら、姉貴が立ってた。「やっと出てきたー。ずっと待ってたんだよ」「あ、姉貴……」明るい声で「ずっと待っていた」と言う姉貴にまたどきりとしてしまった。「あのさー、あんたあたしのこと避けてない?」「え、そういうわけじゃないけど……」「声かけようとしても逃げちゃうしさ」「……」「……やっぱりあたしといるの、つまらなかった?」「え、いや、別に……」昨日のこと気にしていないんだろうかと戸惑ってると、姉貴は俺の手を取って「暇だから遊ぼうよ」と居間のゲーム機の前につれていった。俺はまた変な気持ちになるのが嫌だったので姉貴と遊ぶのをしぶったけど、とにかく姉貴はしつこかった。ガキみたいに遊ぼう遊ぼう言ってきて、あんまりしつこいので条件を出した。「じゃあ、負けた方が服を脱いでくっていう罰ゲームつきで」姉貴は俺に比べれば格げーは弱いことこの上なしだったので連敗は目に見えている。昨日のこともあるし、これなら引き下がるだろうと思った。「……うん、いいよ」「え?」なんと姉貴はあっさり承諾してしまった。結局ゲームをやることになるが、一戦、二戦と姉貴は負ける。手加減なしでやってたら三十分過ぎる頃には姉貴はスカートにブラジャーというかなり興奮モノの格好になっていた。もうやめるべきか否か迷いながらもまた一勝。いよいよ姉貴はスカートを脱ぐ段になったが、そこで今まで表情も変えずおとなしく脱いでいた姉貴に変化があった。「へへへっ」といつもの笑みを浮かべたのだ。まあやっぱり裸をさらすのは嫌なんだろうと思った。「姉貴、嫌ならやめていいよ」脱ぐのはやめていいよという意図で言ったのだが、そこは弱気な姉のこと、どうも遊ぶのをやめるの意味で捉えたらしい。「いや、別に嫌じゃないって。すぐ脱ぐから、もうちょい遊んでよ……」あわててスカートのホックをはずした。スカートが床に落ちて、姉貴は純白下着を身に着けるのみ。「へへへ、脱いじゃった」笑いながら次のゲームを催促する姉貴がとても痛かった。「姉貴、脱ぐのはやめていいよ……」「え? 何で? この方が楽しいんでしょう?」「でも姉貴、嫌なんだろ?」「嫌じゃないって」またへへっと笑う姉。嘘を言ってるんだと思った。どうして俺と遊ぶためにそんなに気を使うのかと、なんか腹が立ってしまった。「あのなあ、俺にまでへらへら笑ってごまかすのはやめろよ! 嫌なら嫌ってはっきり言えよ! 姉弟だろ、俺たち! もっと正直に言ってくれよ!」怒鳴った俺に姉貴はびくっとするが、やはり笑顔は崩れない。「別に、嫌なんて言ってないじゃない……」「言ってるようなもんだろ! さっきからへらへら笑いやがって! ばればれなんだよ!」「えぇ……?」とにかく言いたいことを言って俺は少し落ち着いた。姉貴はというと自分の頬に手を当てて「へらへら……」などとつぶやいていたかと思うと、急に大きな声で笑い出した。「あ、姉貴……?」「あはははははっ! なるほど。そっか、あんたにはそう見えるのかあ、うん」「え?」姉貴は俺の肩にぽんと手を置いた。あんたねー、私のこと全部わかってるような口ぶりだったけどねー、へへへっ、間違いよ。それ」「なんだよ、間違いって……」「確かにね、あたし弱虫だから、嫌なときとか笑っちゃうけどね……前にもあんたに言われたとおり。 でもね、あたしだって女の子だからね。いいこと、嫌なことだけじゃなくて、笑うことなんかいくらでもあるの。 さっきは……今もだけど……へへっ、ちょっと照れちゃってね。昨日はちょっと痛かったからあれだけど……」姉貴は口をもごもごとさせた。「まあ、だから、嫌じゃないってのは本当なの。 姉弟だから、自然なのかおかしいのかわからないけどね。智ちゃんに見られるのは、照れるけど嫌じゃないの。 恥ずかしくて、ちと嬉しくて笑っちゃってたのよ」何度目かのへへへの笑いを繰り返し、姉貴は俺にそっと抱きついてきた。下着姿なのでどうしようかと思ったけど、変な気は起きなかった。姉貴は俺の胸に顔をうずめた。「ありがとね。あたしのこと考えてくれて」「え、いや……」「へへっ。だめだね。友達少なくて、男の子もあんたぐらいにしか近づけないし……。 弟に頼りっぱなしで心配かけて、正直まずいよね……」「姉貴……」「こんな駄目なお姉ちゃんだけどさ、ま、も少し相手して欲しいかな。 あんたになら、言いたいこと言えるし……きっとそのうちほかの人とももっとうまくやれるようになるからさ。 それまでは人付き合いの練習にさ……」大概の嫌なことには我慢できるとはいえ、姉貴はやっぱり寂しかったのだろう。正直、気楽に言い合える友人がいないのは辛いと思う。「自分で言ってて悲しくなってきた」と鼻をすする姉貴に、弟ながら保護欲?がわいてきた。「……俺で良ければ、いくらでも相手するよ」「ありがと。へへへっ、優しいね」とりあえず姉貴の笑顔の項目に照れ笑いが追加されて、その日は終わった。それから姉貴とは結構出かけたりする。家でもよく話して、かなり仲の良い姉弟だと思う。俺がソファーに座ってると、いきなり後ろから首に抱きついて来たりすることとか普通にあるけど、近親相姦まで行くかというと、それはないと思う。いつか近親相姦がちらりと出てくる小説について姉貴と話したことがあったが、そのとき姉貴がぽつりと言った。「本当に好き合ってたとしても、やっぱり結ばれないんじゃ辛いからね。お姉ちゃん弱虫だから、ちょっと無理かな……」こんな感じなので、最後まで行くことはまずないだろう。姉貴は相変わらず笑顔の人で、やはり人付き合いに苦手意識を感じつつ、普通に学校に通っている。心のちょっと弱い姉貴だし、たまに冬休みの時のように不安定になって「遊ぼう遊ぼう」と絡んでくるけど、とりあえず家族としてそばにいてあげようと思っている。姉貴にその気がなくても、悔しいことに、たぶん俺は姉貴が好きなんだろうなと思う。