妹の初恋

俺が中学三年の頃。妹は中学一年生だった。仲はめちゃくちゃ悪い。例えば家ですれ違うときも「どけ、邪魔」「はあ?」と睨み合い勃発。乱暴な言葉遣いではあるが不良ではない。温厚な方だし人並みの穏やかな人間関係を学校では築けていた。年頃になると無償に身内の異性が憎くなるってのは、どこにでもあったんじゃないかな。一学期の終わり、七月半ばでの事。妹が珍しく俺の部屋に入ってきた。「ねえ、お兄ちゃん」「んだオイ、勝手に部屋入ってくんな」しかし渋々といった感じで妹は話を続ける。目を合わせずに。「お兄ちゃんさ、加藤先輩と仲いいよね」同じテニス部の友達の名前を挙げたが、部屋に片足踏み入れてる妹がうざったくて投げやりに答えた。「だからなんだよ」「あの、ねえ。その」あちこちに目をやる妹だったけど、その姿が可愛らしいとは微塵も思わなかった。「んだよ、ハッキリしろ」俺のいらついた声が妹を怒らせ、ほとんど逆切れのような形で妹は答えた。「加藤先輩と仲良くなりたいの!手伝って!」そう怒鳴り返す妹に俺はしばらく言葉を返せないでいた。「お前の片思いに協力しろってことか?」悩んだ末の大英断だったのだろう、妹は悔しそうな顔でうなずいた。「馬鹿言うな。なんで俺が」「他にいないから」「しらねえよ」すると妹はものすごく機嫌の悪い顔になって俺に悪態をつきはじめた。ムカつく相手にボロクソに言われた俺も似たような言葉を浴びせ返す。部屋はちょっとしたヒステリックに見舞われる。そうしてお互い罵詈雑言を口にするのに疲れてどこともなしに座り込んだ頃だ。妹は一つの妥協案を提示した。「じゃあ、せめて電話番号だけでも教えて」そのときは嫌だと大人気ない態度を取った。妹も諦めたようで背中を小さくして部屋を出て行った。しかし後日、加藤が俺の家に遊びに来るということになった。加藤は見た目もいいし中身もいい。面食いからもそうでない人種からも人気がある、いわゆるモテモテ野郎だった。そんな男に妹が食いつくのは分からないでもなかったが、しかし加藤は俺の友達だけに何か悪い様な気がしていた。うちの不良息子がすいません、なんて悪事を働いた息子を引き取りに行く親のような心境だった。当然加藤に妹のことを話せる気はせず、馬鹿な身内が変なことをしでかさないか冷や冷やしながらの応対をすることとなる。しかし馬鹿は死なないと直らないんだろうか、とその日はうんざりした。何の脈絡も無く俺の部屋に入ってきて、加藤と話をしだしたのである。その間、一時間前後。突然現れた年下の子供に加藤は嫌な顔せずに対応していた。さすがモテ男。夕飯中、俺が昼のことを持ち出したことでぎゃーぎゃー喚きあう。親が仲裁に入ろうと怒鳴るもんだから食卓はどんどん荒れていった。怒声飛び交うテーブルを静めたのは妹の嘘泣きだった。こうなるとどうあがいても俺に軍配は上がらず、親にこっぴどく怒られるのみである。嘘の涙を流す妹に軽蔑の思いを抱きながら親の説教に身を堅くしていたが、その日の涙はどうやら偽者ではないと後で知ることとなった。本当に好きなのだと、もちろん俺が相手なのだから遠回しにそう話す。だから必死だったと。「でもあれじゃお前、痛いやつだぞ」妹の嘆くような胸の打ち明けに怒るでもいたわるでもない返事をした。だってさあと悲しそうに言う妹に、どうにもむしゃくしゃしてしまって、俺は吐き捨てるように「分かったよ。とりあえず仲良くなれりゃいいんだな、適当に考えとくから、もう部屋から出てけ馬鹿」そう言って追っ払った。そのときは正直その言葉の約束の行方なんて気になんてしていなかったけども。中学一年生の妹は身長が120センチほどで対する兄貴の俺は155センチ程度の持ち主だった。我が家は背の低い血でも受け継いでいるらしく、両親も160いかない。だから俺はよくガキ扱いされていた。そういった身長にコンプレックスがあるわけではないのだが、やっぱり170ある加藤と横になって歩いていると男としてもうちょっとほしかったかなあと軽く思う。妹が泣いてから三日か四日経った日、俺は加藤と一緒に登校するようになっていた。約束を守るなんて気持ちは無かった。二人の間に橋をかける気も一切無い。ただ何故だか、そういう行動をとっていた。そのことを妹が知ったのはさらに三日四日経った後のことである。明日が終業式、そういうタイミングの夜だった。「ねえねえ、明日一緒に登校してもいい?」「はあ?」風呂から上がって身体をリビングで冷ましているところに、勘違いした風の妹が現れる。まるで「私のためにプレゼントを買ってきてくれたのね」と勘違いする馬鹿女のような目だった。「何言ってやがる」「え、だってこの前お兄ちゃん、何とかしてやるって」「あんなもん、真に受けんな馬鹿」「な、なんだよそれぇ!」風呂で読書するほど長風呂な俺に、頭に血が上るような議論を到底する気になれなかった。まだ身体は火照っていて、そんな状態でケンカしようものなら血管がいたるところでぶちぶち切れてしまいそうだ。妹のあの小さい体から出る耳をつんざくようなキンキン声に耐えられるとは思えない。「あー、うっさいわ。そもそも突然妹が出てくるだなんて変だろうが」「一日くらい大丈夫でしょ」「俺が嫌だ」ケンカをする気になれなかったのに、結局その場で汚い言葉の応酬となってしまう。でも翌日、嫌がって振りほどこうとする俺に喰らいつくようにして妹は加藤との待ち合わせの場所についてきてしまった。「あれ、ええと、香奈枝ちゃんだっけ」名前を呼ばれてはぁい♪と情けない返事をする。俺は恥ずかしくて何も言えなかった。「お前ら仲いいのな」「はぁい♪」俺への言葉を遮るようにして割り込む。「家じゃあ仲悪いんですけどぉ」猫をかぶる馬鹿な妹の姿も、そんな妹を連れてきてしまった自分に対しても、ほとほと嫌になって、その日は言葉少なの登校となった。隣の二人は意味の無いような会話をずっとしていた。俺は夏を前にした太陽の下、ただ汗を流して歩いていた。夏休みの大会が終われば俺たち三年の部活動はそれでひとまずの終わりを迎える。区大会で四位という結果だった。これからは勉学に励めという顧問のありがたい言葉を耳にしながら、そんな中、日除けすらない質素な応援席の方へつい目がいってしまう。選手の家族の他に友人だったり、縁もゆかりも無いような女子生徒だったりがいる。この大半の女子は加藤目当てで、このくそ熱い中よくもまあと毎度呆れているのだが今年は照りつける真夏の太陽を浴びながらキャミソールに短パン、帽子という涼しげな姿で座ってこちらを見ている妹がいるので恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。俺の妹だなんて気づいてるやつは、多分部員内でも加藤くらいなものだろうけど、それでも恥ずかしい。俺目当てではないにせよ兄が妹の大会を見にくるだなんて、世が思うほど微笑ましい気持ちにはなれない。むしろ蹴っ飛ばしたくなるような羞恥を感じていた。妹の自己完結な加藤への尽きぬ愛がどうにも鬱陶しくなり、夏休みのある日、一緒に買い物に行った時にこんな質問をした。「お前、年上と年下どっちがいい?」もちろん付き合うならという前提付きの質問である。同級生はこの際カットさせてもらった。加藤の答えは「年上」で「しっかりした人と付き合いたい」とのこと。妹とは真逆の条件である。俺はげらげら声を出して笑おうとも思ったが、思うだけで身体はついていかなかった。そうか、なんてともすれば寂しげにも聞こえそうな返事をした。高い空を見上げてしまう。失恋という二文字が浮かぶ前に立派な入道雲に目を奪われてしまった。夕立ちきそうだなあ、という加藤に生返事で俺は返した。帰る頃に雨が降ってきて、家に駆け込むと母親が洗濯物を取り込んでいた。その脇で妹は俺のシャツだとかをせっせと折りたたんでいた。俺が帰ったのに気づいて妹はちらと目をやる。しかしそれだけで、また洗濯物に目を戻した。いつもと変わりのない光景である。人並みの兄妹愛なんてものはない。加藤の話で会話自体は増えたが、やはり基本は家の中でも無視しあうような関係だ。あらお帰り、濡れなかった?という母親の声に適当な返事をして部屋に戻った。ばたばたと屋根に雨がぶつかり、独特の雨とアスファルトの香りがむっと部屋に充満していた。加藤の好み、別に聞かなくてもよかったんだよなあなんてその時になってから思う。悲しいというよりむなしい気持ちがじんわりと胸に広がった。妹の目障りだった行動が全て空回っていただけだと思うと。ただ世の中は不思議なもので、妹と加藤は次第に仲を深めていった。聞くところによるとラジオ体操にお互い参加していて「あれ、香奈枝ちゃん?」だなんて言われたのがきっかけだったらしい。俺はその時間はまだ寝ていたのでしまったなあと思った。俺の預かり知らぬところでそんなことが起きていただなんて、どうにも損した気分だった。妹と一緒にラジオ体操行くなんてのもまっぴらゴメンだけど。ラジオ体操は夏休み中続いていたと思う。つまりそれだけの間、毎朝顔を合わせていたのだ。俺という友人の妹というレッテルもあってか二人はすぐに仲が良くなり、遂には付き合うまでに至ってしまった。俺は妹の成功に嬉しくもなかったし、友人に彼女が出来たことに暗い考えも沸かなかった。どこか冷めた風に、変に納得していたと思う。よかったね、ともふざけるな、とも何も思わなかった。なんだかよく分からん内に付き合いだしたなあというのが正直な感想で、付き合ったという話も加藤から聞いたものだ。妹は家ではいつも通りだった。どうにも淡白である。ただある日、家ですれ違ったときのことだ。「邪魔」俺がそう言って妹を押しのけようとすると、珍しく、あの日俺の部屋に入ってきて思いを打ち明けたときのような目で言った。「付き合うことできたよ。ありがと」それだけ言って、さーっと逃げるように妹はその場から去る。一人その場に立ち尽くして、今しがた耳を通った台詞を反芻する。怒っているような目つきで、困ったように口を歪ませて、俺の胸の辺りを見ながらの「ありがとう」おいおい今さらなんだよと思いながら、ちょっとだけ嬉しかった。乾燥しすぎた砂が崩れるように、俺の中にあった妙なわだかまりが姿を消した。それから家族として妹に優しく接することが出来るようになった。呼応するように、妹も俺に対して口を尖らせるような真似はしなくなった。しかし妹への感情が起き上がれば起き上がるほど、今度は加藤への不信が姿を現し始める。加藤と妹を両端に乗せたシーソーの如く、あちらを立てればこちらが立たず、とにかく心配が尽きない日々が続く。そんなある日、恥ずかしそうに頭を掻きながら「キスした」という加藤を見てから、俺の中で何かがズレていった。それまで妹をぞんざいに扱っていた反動なのか、無償に過保護になりつつあったのだ。加藤に対する不信感は徐々に大きくなっていって、結果的にぶん殴るまでに至ってしまった。香奈枝ちゃんとえっちをした。その一言に膨らんでいた不信感が破裂し、頭の中でぶつりという音がするのを聞いてから俺は整った加藤の顔力いっぱい殴っていた。一発だけなのに、俺は肩で息をしていた。自分の拳がひどく重く感じた。昔、まだ妹とは仲が良かったときのこと。何をするでも付いてきて何を買うでも私もお兄ちゃんと同じがいいと駄々をこねていた時期の話。鬱陶しい妹を煙に巻いてどうやって友達と遊ぼうか、そういう考えを常に張らせていた頃だ。妹が風呂の引き戸に誤って指を挟んでしまったことがあった。風呂場の戸というのは湿気が漏れにくいように作りがしっかりしていて、しかも濡れているだけによく滑る。勢いをつけなくても引き戸の滑る速度は相当なものなのだが、小さい子供はそういう時に限り思い切りをつけている場合が多い。ギロチンのような速度で鋭利な部分が妹の華奢な指を押し潰すと、叫ぶような悲鳴を上げた。風呂から出てすっきりしながらテレビを見ていた幼い俺は、自分が蹴っ飛ばしても聞かないような悲鳴に驚いて慌ててその場に駆けつけた。止まらない血を凝視しながら妹は泣いていた。大丈夫だからな、と言いながら不器用にティッシュをぐるぐる巻きつけて止血を図ろうとするが、白いティッシュはどんどん赤くなっていく。妹の泣く声に頑張れ頑張れと励ましながらそうやっているところに親も現れて、後はどうなったか覚えていない。実は大した怪我ではなくため息をついたのかもしれないし、慌てて病院に連れて行ったかもしれない。時間があるので。加藤を殴った俺はすぐに自分のしたことを客観的に見ることが出来た。悪いのは、多分俺だ。えっちをしたという打ち明け方にやましいものは感じられなかったし、そういうことで自慢するような人間性の低いやつでも無いのはよく分かってる。それでも、そういうのとは別に憎しみという感情は生まれるもので、そういうものは簡単に抑えられるものではなかった。加藤がどんな表情をしていたのか見れなかったから分からない。俺は逃げるようにして走り去った。痛む手を握り締めて、息が切れるまで全力疾走を続けた。その晩、加藤から電話がきた。俺宛ではないし、声を聞いたわけでもない。家の電話が鳴ったかと思うとどたばたと妹が階段を駆け下りて、奪うように電話の子機を手にしまた部屋にどたばたと駆け込むのだから一目瞭然というものだ。携帯電話だと料金が高いから家の電話を使っていた。長電話をする妹は親によく怒られていたが、電話の相手が恋人であろうことは察していたらしく、怒りながらも母親は嬉しそうである。父親は少し寂しそうにしていたが、その気持ちも分からなくは無かった。父と母の気持ちを半々、兄貴である俺は持っていた。それでも肉体関係となると話は別で、恋愛の延長線上にあるとはいえ、俺には恋愛とは真逆の汚いものに思えて仕方がなかった。修学旅行の夜、加藤と一緒に桃色トークで盛り上がったことがあった。思えばどれも下卑た話で、それが全て妹の小さな身体にぶつけられているのかと思うと、言葉にもしたくないような、どす暗い気持ちが沸き起こる。もしかして加藤は今日のことを妹に話すかもしれない。妹は俺のことを許さないだろう。口も聞いてくれなくなるかもしれない。最近会話が増えてきたというのに。だってしょうがないだろうと心の中の闇の向こう側に、俺は問い掛けるように弁解を続けた。返ってくるのは妹と加藤の汚らわしい交わりの映像であり、その日は寝ることが出来なかった。翌日は学校を休んだ。加藤のことを思うと行く気がしなかった。気分が悪いというのは本当だったので、あながち仮病でもなかったのかもしれない。夜中続いた俺の想像力が枯れ果てると寝れなかった分を取り返すようにして深い眠りに落ちた。目を覚ましたのは、部屋に入ってきて俺を見下ろしている妹の気配に気づいたときだった。大丈夫?なんて、一月前には考えられないような言葉を口にする。一日中寝ていたので頭がずきずきした。全身がだるかったので、ううとああの中間の声で返事をした。我ながら病人らしい。「ちゃんと一日中寝てた?のど渇いてない?布団、それで寒くない?」故郷の母親から送られたダンボールに付いてくる手紙のような台詞だ、そう思ってにっと口元だけ笑う。「大丈夫。…熱も下がった」額に手を当てる。元々無いのだから熱は無くて当然なのだが、時々嘘は本当にあったような気にさせるから不思議だ。加藤先輩がさあ、と妹が話し始める。布団の中の身体がびくりとした。でもそれに続いたのは「今日休みだったみたい」というものだった。そうかとだけ答えてしばらく黙りこくる。天井を見つめている内に頭痛がひどくなってきて、もしかして本当に俺は病気なんじゃないかと思う。「俺さ、加藤のこと、殴った」「え?」「なんでか分からんけど、なんか」突然の兄の告白に妹は呆気に取られている。俺は言葉の続きを探した。「なんか、むかついた」「…だから加藤先輩もお兄ちゃんも学校休んだの?」それは関係無いと断言した。情けない兄貴と思われたくなかった。「喧嘩?」「喧嘩、だな」ずっと仲良しだったじゃんと困惑する妹を俺は無視して、伝染るぞと追い出した。これ以上話していると嫌でも自分の駄目な部分が露見しそうだった。部屋から出て行ってドアが閉められたが、間も空けずドアが小さくを開かれ、そこから声が聞こえてきた。「私はお兄ちゃんの妹だけど……でも加藤先輩の味方だから」「いいんじゃねえの。お前だって子供じゃないんだから、好きにしろよ」何も言わず、ややあってからドアが再び閉じられる。しんとした部屋に残っているのは自分だけだ。俺は悲しくて、情けなかった。ドアが閉められたことで兄妹間の絆が断ち切られてしまったような気がした。妹に見捨てられたような気がした。昔は何をするでもくっついてきていた妹に、いつの間にか俺の方が依存していたのだろう。加藤を殴ったのだって、取られたことに嫉妬していただけなのだと思い当たる。数年ぶりに手にした妹との絆に、俺は躍起になって執着していたのだった。その絆のきっかけですら加藤によるものなのに。翌日、加藤と学校にて鉢合わせをするなり俺は謝った。加藤はパンチの一発くらい、と笑ったが、すぐに顔を正して俺に頭を下げた。正直な話その時点ではまだわだかまりは心に残っていたのだが、傷が日を超えるごとに浅くなるように、その思いも徐々に消えていく。癒えたのではなく慣れたのかもしれないとも思う。なあなあにして無かったことにしようと思ったこともあった。しかしそれも、俺が一人の女の子に惚れたことで突破へと至った。好きな人と過ごすというものは、誰が止めれるものではないし、誰も望んじゃないのだと知ったのだ。まあ難しいもんで、そう頭で理解しつつも、しこりみたいなものはしばらく残ったけども。諸行無常の響きあり、なんて昔の人は言っていた。要するに永遠は無いよ、ってなことだ。俺が高校一年の時に妹と加藤は別れた。一年ちょっともったのだから、常に発情している中学生のカップルとしては長い方だろう。一応加藤のフォローも入れておくと、学校が別になって付き合うのにも限界が出てきたのことだった。詳しいことは知らないが、妹に他にも恋愛して欲しいと思ったのかもしれない。俺のところに加藤から電話がきたことで知った話だった。電話の中、加藤は妹と別れてごめんということだったが、仕方ねえよと他人事のような返事を返した。言いながら、妹の落ち込みようは容易に想像がついていて、内心心配しきっきりだった。しかし妹と恋愛沙汰の話ができるような関係でもないため、結局放置せざるをえず、やきもきする日々が続く。何かできることはないかと考えた結果、以前俺がされたように、ドアを小さく開けてそこから声だけを通してみた。「俺は加藤と友達だが、妹のお前の味方にいつでもなったるからな」部屋からの反応はなかった。照れくさくなった俺は「嘘だ」と鼻を掻きながら加えた。「って嘘なのかよ!」吹き出すような笑い声がしてから、仲が悪かった時のような乱暴ながらも嬉しそうな妹の声がした。結局兄貴にできることなんて限られている。そう思った妹の恋の終わりだった。